☆無名の星☆

ふつつかもの

2006年05月30日 00:42


とある駐車場の脇の草むらで僕は土に還ろうとしてました。
9月の夜の雨は冷たくて、体がとうとう動かなくなりました。
心臓も呼吸も何もかもが草から落ちてくる雨のしずくに奪い取られていくのがわかります。

「ザクッザクッザクッ!」

何かの足音が近くで止まりました。

まだうまく目も見えないので何かわかりませんが、確かに近くで足音がしました・・・

「・・・ミャア・・・・・・・ミャア・・・・」

とりあえず鳴いてみました・・・もう、口しか動かないですから・・・
足音は遠ざかり・・・しばらくするとまた足音が・・・今度はたくさんの足音・・・
僕はまぶしい光に照らされました・・・

「やっぱり・・・いたいた・・・」

どうも、人間のお兄さんに見つけられたようです・・・

『助けてもらえるのかな?』そう思った僕はさっきよりも多く鳴きました。

「・ミャア・・ミャア・・ミャア・・」

「だめだな・・・こんなに冷たくなっちゃってるよ・・・」

お兄さんが僕の体を触って言いました。

「かわいそうに・・・こんなにちっちゃいのに・・・」

隣にいたお姉さんが言いました。
しばらくするとお兄さんが、

「でも、どうしようもできないよ・・・育てられないし・・・」

お姉さんが僕にくるっと背を向けました・・・
肩が震えてます・・・
お兄さんとお姉さんが静かにしているあいだでも、僕は鳴きつづけました・・・

と、突然お兄さんが立ち上がって近くにあったクルマに戻りました。

「バタン!」

ドアの音がして・・・・新品のティッシュの箱をもってきました・・・

「バリバリッ・・・!」

お兄さんは箱を破り、中身の半分をわしづかみして外に出して・・・
お兄さんの暖かい手は僕の体を持ち上げてくれました・・・

「ほら、ベッドだよ・・・あったかいだろ・・・」

泣いていたお姉さんも振り返ってくれました。
そして、外に出したティッシュで体を拭いてくれました。
ゴシゴシ拭いてくれました。

「早くあったかくなってね・・・」

「ミャアァァァ・・・」

ちょっと長く鳴けました。
お兄さんもお姉さんも、僕の体をあっためようと一生懸命だったから・・・

「そうだ、コーヒー牛乳少し残っていたな・・・」
「大丈夫?」
「こういうときは甘い物だろ?贅沢言ってる場合じゃないし・・」

毛が乾き始めた僕をお兄さんは抱き上げて、鳴いている口にストローを入れて
コーヒー牛乳を流してくれました。
何度か鳴いてこぼしちゃったけど、何度か飲めたよ・・・

「ミャアミャアミャア・・・ミャアァァァァ・・・」

少しだけ落ち着いて鳴けるようになった僕は、ベッドごとクルマのエンジンルームに
入れられました。

「たぶん、ここが一番あったかいよ!」

僕の体がだんだんあったまっているあいだ、お兄さんとお姉さんはなにやら一生懸命
電話をしてます。どうも、お医者を探しているようです。
どうもお兄さんはだめだったみたい・・・でも、お姉さんがうれしそうに話してる・・・

「あった、あった、24時間やってるって!」
「よっしゃ、行こう!」

僕は、揺られながらお医者に行くことになったみたい・・・
途中お姉さんはあったかいペットボトルを買って、ベッドの下に潜らせました。

『うひゃあ・・これはあったかい・・・』

僕はあったまってきたおかげで、とうとう立ち上がることができました・・・

「すごい!がんばれ!」
「えらい、えらい、がんばれ!」

お兄さんもお姉さんもうれしそう・・・だから、もっとがんばりました・・・
がんばるたびに背中をなでてくれました。


「バタン!」

真夜中のお医者には僕たちしかいませんでした・・・
中に入ると白衣を着たお兄さんが待っていました。

「えっ、こんなにちっちゃいの?!」

白衣のお兄ちゃんの一言目でした・・・そんなに僕ってちっちゃかったんだ・・・
僕はあっちこっち診られました。
でも、でも・・・白衣のお兄さんは言いました。



「でも、もうだめかもしれない・・・ほら・・・ね・・・」

お兄さんとお姉さんが見ている前で、僕は白衣のお兄さんに背中をつまんで捻られました・・・
僕の背中は捻られたまま元には戻りませんでした。

「・・・・」
「・・・・」

お兄さんもお姉さんも無言になりました・・・

「とりあえず今晩は遅いのでお引き取りください、この子はここで様子を見ますから・・」

そう、白衣のお兄さんが言うと、お兄さんとお姉さんは帰りました。
僕は酸素マスクをかけられ、ふかふかのシートに包まれました。

『あぁ、気持ちいい』



でも、白衣のお兄さんが言った通りそれからしばらくして僕の心臓は止まりました。
一回おなかにチクンと何かを打たれて、心臓が動いたんだけど、また止まりました。



白衣のお兄さんは、電話でお兄さんとお姉さんに連絡しました。

お兄さんお姉さんはすぐに駆けつけました。

「残念ですがやはりもちませんでした・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「どうされます?こちらで処分しましょうか?」
「・・・・」
「・・・・」


お兄さんもお姉さんもしばらく何か考えてました。
そして、顔を見合わせた後お兄さんが口を開きました・・・


「つれて帰ります・・・」




「バタン!」

帰りの車の中は静かでした。

「でも、よくがんばったよな・・」

お兄さんが頭をなでて言ったその一言だけでした。
お姉さんは僕を抱きしめて、ずっと泣いてました。



僕はその後、お兄さんとお姉さんが手で掘った土の中に入れられました。




ねえ、お姉さん、僕に落ちた涙、とってもあったかかったよ・・・ありがとう・・・
ねえ、お兄さん、黙ってたのはいろいろ僕のこと考えてくれたんだよね・・・ありがとう・・・
ねえ、お兄さんお姉さん、最後にかけてくれた土はちょっとだけあたたかったよ・・・ありがとう・・・



僕は今、数時間だけ人間の暖かさを感じて、春になるとお花でいっぱいになる湖のほとりで寝ています。

【SpecialThanks】

写真提供:makotakuさん


【ふつつかもの】ですが、何も言うことはございません、よろしく・・・・・・・・・・・・

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